展示会内容
見失っていた場所への案内人
中心
作品
これまで文化財保存修復センター準備室では、主に有形の作品を対象に保存や修復を行ってきました。そこで、今回のアトリエ保存プロジェクトにおいてもアトリエ内にある作品を分類の「中心」に据え、保存の出発点として捉えることにしました。
日比野克彦氏の作品には、有形の「モノ」としての作品と、アートプロジェクトなどの「コト」としての作品があります。「モノ」作品については、段ボールを素材として用いた作品や原画を取り上げました。特に段ボール作品では、文化財保存学の手法による調査を実施し、材料の保存性について検討しました。また、「コト」作品については、日比野氏が積極的に展開しているアートプロジェクト活動に着目し、プロジェクト関連資料の保存や、アートプロジェクトそのものを保存することの可能性を探りました。(田口・安田)
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《APRIL》1981年
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《TERAYAMA SHOES》1993年
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Tシャツ、種、フラッグなどプロジェクト関連資料は多岐にわたります。
周辺1
スケッチ、ドローイング/
画材/机、椅子
日比野氏のアトリエには、線や模様、文字やモチーフが描かれたスケッチブックが数多く保管されています。さらには制作のための画材や、制作時の傷が刻まれた机、絵具のついた椅子なども存在しています。これらはどこまでが作品で、どこまでを保存すべきなのでしょうか。日比野氏の場合、プロジェクト型の作品も多数制作しており、そうした形の残らない作品に対してスケッチやドローイングが美術館に収蔵された事例もあります。
美術、音楽と分野を問わず、アーティストたちは作品制作や普段の生活の中でスケッチ、ドローイングといった一次的な創作を行っています。特に生存作家の周囲にはそうした創作物やそれに付随するものが無数に存在していますが、私たちはどのように選択し、保存していくべきなのでしょうか。(松永)
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色鉛筆と色鉛筆立て
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青い丸机
周辺2
アトリエに置かれているもの、
廃棄予定のもの
アトリエには、ダンボールやキャンバス、絵具や筆、スケッチブックなど、制作に直接関わりのあるものだけでなく、創作に間接的に影響を及ぼすであろう様々なものが存在します。壁にかけたお気に入りの写真、旅先で購入した布や椅子、誰かにもらった箱など、アトリエにある名もなきものたちはアーティスト・日比野氏を表象するものかもしれません。また、アーティストによって廃棄されるものたちも、社会にとって「重要」であるかもしれません。
ここでは、アトリエにあるもの=アーティストの何をどこまで保存するのか、そして保存しないのかを考えていきます。これは現代に生きるアーティストにとって共通の問題でもあるでしょう。(平)
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ピアノ
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大きな種
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トランク
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船便用木箱
周辺3
アトリエ自体
日比野氏によって天井や床が改造され、ニューヨークにあるアーティストのスタジオのような雰囲気があるマンションの一室は、本人のこだわりと思い入れが内包されたアトリエとして35年間使われ続けてきました。また、それは個人的な作品制作の場としてだけでなく、様々な他者が出入りする「開かれた」サロンのような空間でもありました。建物の建替えにより、このアトリエは失われてしまいますが、単なる物質的な部屋としてではなく、この空間そのものを保存することはできるのでしょうか。
ここでは、写真や映像、三次元技術を用いたVRなどの計測による記録だけではない、新たな視点による保存の可能性を探っていきます。(平)
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キッチン
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トイレ
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ベランダ風景
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玄関
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床
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天井の配管
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壁
周辺4
渋谷にあるマンション、
渋谷の街
「場所」の持つ記憶の保存方法として、この章では「写真」と「オーラル・ヒストリー」の2手法を用いて展示をしています。パネル上部では年表の時間軸に沿って1960年代、1980年代、2000年代、2020年代と4つの時代を象徴する渋谷の写真を紹介しています。渋谷の街が発展していく様子をご覧ください。パネル中央では日比野氏の活動の変遷を写真と文章で紹介しています。2000年代前後で、日比野氏の作風が大きく変わります。モノとしての作品作りを中心としていた時代から、地域の人との交流に焦点を当てたアートプロジェクト型作品へと移行していきました。パネル下部では日比野氏を取りまく人々の視点から、アトリエのあるマンションや渋谷の街に関するインタビュー内容を紹介しています。こうした多角的な視点から、日比野氏や渋谷の街、マンションの記憶を掘り起こしています。(飯岡)
本展覧会は文部科学省 機能強化事業(共通政策課題)「新たな共同利用・共同研究体制の充実」予算によるものです。
展覧会「日比野克彦を保存する」
監修
桐野 文良(東京藝術大学 文化財保存修復センター準備室 室長、東京藝術大学大学院 文化財保存学専攻 保存科学研究室 教授)
企画メンバー
飯岡稚佳子(東京藝術大学 文化財保存修復センター準備室 教育研究助手)
岩倉希美(東京藝術大学 文化財保存修復センター準備室 教育研究助手)
杉原裕子(東京藝術大学 文化財保存修復センター準備室 実験補助)
平諭一郎(東京藝術大学 アートイノベーション推進機構 特任准教授)
高橋香里(東京藝術大学大学院 文化財保存学専攻 保存修復油画研究室 博士後期課程、東京藝術大学 文化財保存修復センター準備室 リサーチ・アシスタント)
田口智子(東京藝術大学 文化財保存修復センター準備室 特任研究員)
松永亮太(東京藝術大学大学美術館 学芸研究員)
安田真実子(東京藝術大学 文化財保存修復センター準備室 非常勤講師)
山下林造(絵画修復(油画))
(五十音順)
ポスター・チラシデザイン
伊能朝陽
協力
猪飼俊介、鎌田誠治、倪 雪、成田宏紀、平田正樹、平田まゆみ、米津いつか
一般財団法人松澤宥プサイの部屋、株式会社小学館、株式会社小学館集英社プロダクション、株式会社日展、株式会社ムービック、慶應義塾大学アート・センター、藝大アートプラザ、白根記念渋谷郷土博物館・文学館、東急株式会社、東京大学大学院人文社会系研究科文化資源学研究室、長野県信濃美術館、富士シリシア化学株式会社
JSPS科研費JP18K00200「ポスト1968年表現共同体の研究:松澤宥アーカイブズを基軸として」
JSPS科研費JP18KK0282「色彩情報学と材料物性学の融合による文化財保存・修復技術の構築」
JSPS科研費JP19H01221「芸術における真正性と同一性の保存 ―リバース・コンサベーションの確立」
(五十音順、敬称略)
例えば、今を保存するとなった時に、その目的とは、遠い先の未来から現在を振り返ることができるために、ということなのだろう。そしてその方法としての一つは今の状態の形を時間に争って留めるということ、しかしもともと形のないモノに対しては、どうすればいいのだろうか?保存できないということではなく、その方法ではないことを見つける、開発する、発明しなくてはならない。それが今回の取り組みである。そしてその研究対象となったのが私のこれまでの活動ということになる。
この企画を文化財チームから聞いた時に、見失っていた場所への案内人の声のように聞こえた。私の作品として「モノ」として形のある物もあるが、「コト」として行ってきたアート活動も同時に展開してきている。いっときの梱包材として開発された段ボールを素材とした作品が生まれた背景には時代とともに変化した日本社会がある。「モノ」は物だけで単独で突然現れてきたものではなく、そこに行き着くまでの道のりがある。それらをも含めて振り返ることができてこそ作品を知ることになり、作品の役割ということにもなるのだと思う。しばし案内人の声に耳をすましてみたいと思います。
日比野克彦 2020年10月25日